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アメリカの空港
2011年02月28日
古い写真データを整理していたら、アメリカの空港で撮影した写真が出てきました。
おそらく、2006年の絵本買い付け旅の時で、
ニューヨークから入国し、ロサンゼルスから出国したと思います。
道中は、すべて陸路だったので、アメリカ大陸を横断でした。
この年は、まだ片道だったのですが、その前後に、往復した事もあります。
つまり、ロサンゼルスから入国し、東海岸に到達(アメリカ大陸を横断)した後、また西海岸まで戻ってロサンゼルス空港から帰国しました。
一体、どれくらいの距離を移動して、何軒の本屋を訪ねたのでしょう・・・そのうち、ちゃんと記録を読み返してみたいと思っています。
アメリカでの空港でのチェックは本当に厳しいと感じます。
靴を脱いでのセキュリティチェックもそうですが、顔を撮影し、指紋もとります。
2009年からは、「電子渡航認証システムESTA(エスタ)」という物が必要になっています。
ロサンゼルス(LAX)では、空港内を半袖ポロシャツと短パン姿のポリスが自転車(MTB?)で巡回していました。ちょっと楽しそうに見えたりもしたのですが・・・

ニューヨーク(JFK)では迷彩服で銃を携帯して巡回していました。
※警官ではなく、軍人だったのかもしれません

これは、9.11 (2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件) の影響なのかもしれません。
自由の女神の中に入るためにも、まるで空港のようなセキュリティチェックがあった事を憶えています。
おそらく、2006年の絵本買い付け旅の時で、
ニューヨークから入国し、ロサンゼルスから出国したと思います。
道中は、すべて陸路だったので、アメリカ大陸を横断でした。
この年は、まだ片道だったのですが、その前後に、往復した事もあります。
つまり、ロサンゼルスから入国し、東海岸に到達(アメリカ大陸を横断)した後、また西海岸まで戻ってロサンゼルス空港から帰国しました。
一体、どれくらいの距離を移動して、何軒の本屋を訪ねたのでしょう・・・そのうち、ちゃんと記録を読み返してみたいと思っています。
アメリカでの空港でのチェックは本当に厳しいと感じます。
靴を脱いでのセキュリティチェックもそうですが、顔を撮影し、指紋もとります。
2009年からは、「電子渡航認証システムESTA(エスタ)」という物が必要になっています。
ロサンゼルス(LAX)では、空港内を半袖ポロシャツと短パン姿のポリスが自転車(MTB?)で巡回していました。ちょっと楽しそうに見えたりもしたのですが・・・

ニューヨーク(JFK)では迷彩服で銃を携帯して巡回していました。
※警官ではなく、軍人だったのかもしれません

これは、9.11 (2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件) の影響なのかもしれません。
自由の女神の中に入るためにも、まるで空港のようなセキュリティチェックがあった事を憶えています。
テキサスの雪景色
2010年11月18日
James Brownのルーツを訪ねる旅
2010年08月22日
映画『SOUL POWER』を観て、思い出した旅。
今から22年前、James Brownの伝記を読んで、彼の生まれ故郷ジョージア州オーガスタへ行った。

James Brown The Godfather of Soul
△当時、アメリカ在住の伯母に送って貰ったジュームス・ブラウンの伝記
後に翻訳本が出たが、当時はまだ出版されていなかったので、英文を少しづつ訳し、彼の育った環境や、生まれ故郷などを知った。

アメリカで伯母に会い、ニュージャージー州からフィラデルフィアへ。伯母と同行するのは、ここで終わり。
ここからは1人で長距離バスのグレイハウンドに乗り、ジェームス・ブラウン(以下J.Bと略)の故郷であるジョージア州のオーガスタを目指す。

△グレイハンドのバッグタグとチケットの一部
『Augusta(オーガスタ)』は、日本では『オーガスタゴルフ場』で知られている。
バスのポーターや運転手に、「どこまで行くのか?」と聞かれた際、「オーガスタ・ジョージア」と答えると、必ず「どこ?」と聞き返された。
その場合、「アガスタ・ジョージア」という感じで発音すると通じる。
もしかして、これは南部訛り?
南部に行くほど、顕著だったな。

ダウンタウンにあるAugustaの停留所に着いたのは夕方近くだったか。
停留所を降り、明日のバスの時間を確認。
重いスーツケースを引っ張り、宿を探しながら歩く。
歩いている人の80%くらいは黒人。
大きな病院の門の前に、白っぽい服を着た人達(患者)がいたので、「この辺で、いいモテルはないか?」と聞くと、(不機嫌そうに)そこから見える豪華そうなホテルを指さした。
とりあえず、「ありがとう」と言って、その場を去る。
でも、結局泊まったのは、ハイウェイ近くのオンボロモテル。
「このぼろいモテルで、そんなに取るのか!」と思う値段だったが、疲れていたので、近かったそこに決めた。
近所に、韓国系のアメリカ人がやっているコンビニエンスストアがあった。
普段、この周辺で東洋人を見る事は少ないのだと思う。店主はとても親切にしてくれた。

△オーガスタのダウンタウン・メインストリート
何軒か古物屋さんがあり、50'sの灰皿などを購入。
きれいな土産物屋さんがあったので入り、「J.Bの物は何か置いてない?」と聞いた。
しかし、「オーガスタには、彼の物は殆ど売っていないと思うわ。彼は今、サウス・カロライナに住んでいるからね」との返答に、なんだかがっかりした記憶がある。
その店のオリジナルらしい、(なぜか)ELVISのトレーナーを購入した。

△さらにダウンタウン・・・・・何もないです。

△一応、観光地って事なのかな?川下りの船。

△ジェファーソン・デイビスって人の石碑がついている橋があった。この人は(後に下院議員か何かになった?)軍人らしい。
このオーガスタという町は、第二次世界大戦中には、軍の基地等があったらしく、その当時は結構賑わっていたようですが、私が訪れた時には、すっかりひなびた雰囲気だった。
JBの伝記によると「子供時代、軍人相手にタップダンスを披露して小遣い稼ぎをしていた。」と書いてあった。だいぶ街も変わっているのでしょうが、あのJBのダンスの基礎は、こんなところから始まったのだな、と感じた。

△川沿いでは南部の旗がなびいていました。

△(ジョージアではないけれど)私が好きなトラベル・ロッジ・モテルの看板。
最近は、他のモテルに泊まってしまうので、あまり泊まらないのですが・・・・・この可愛いロゴも、今は変わってしまって残念。
以下はついでに・・・JBコレクション

△前 後ろ▽

アメリカで購入したT-Shirt 。すっかりおじさんのJB。

△前 後ろ▽

1993年の日本ツアーのT-Shirt
これはなかなかクール。The Hardest Working Man in Show Business,Mister Dynamaite, Soul Brother #1, などJBのあだ名が書かれている。横浜アリーナで購入した。

△前 後ろ▽

これはその後の日本ツアーの時に購入した物。
いつだったか忘れました・・・・・日本武道館だったかな?
以下は、手近にあったJBのLPレコード。


やはりJBのこの辺の曲が結構好みです。なんせパワーが違ったのでは?と感じます。(S)
今から22年前、James Brownの伝記を読んで、彼の生まれ故郷ジョージア州オーガスタへ行った。

James Brown The Godfather of Soul
△当時、アメリカ在住の伯母に送って貰ったジュームス・ブラウンの伝記
後に翻訳本が出たが、当時はまだ出版されていなかったので、英文を少しづつ訳し、彼の育った環境や、生まれ故郷などを知った。

アメリカで伯母に会い、ニュージャージー州からフィラデルフィアへ。伯母と同行するのは、ここで終わり。
ここからは1人で長距離バスのグレイハウンドに乗り、ジェームス・ブラウン(以下J.Bと略)の故郷であるジョージア州のオーガスタを目指す。

△グレイハンドのバッグタグとチケットの一部
『Augusta(オーガスタ)』は、日本では『オーガスタゴルフ場』で知られている。
バスのポーターや運転手に、「どこまで行くのか?」と聞かれた際、「オーガスタ・ジョージア」と答えると、必ず「どこ?」と聞き返された。
その場合、「アガスタ・ジョージア」という感じで発音すると通じる。
もしかして、これは南部訛り?
南部に行くほど、顕著だったな。

ダウンタウンにあるAugustaの停留所に着いたのは夕方近くだったか。
停留所を降り、明日のバスの時間を確認。
重いスーツケースを引っ張り、宿を探しながら歩く。
歩いている人の80%くらいは黒人。
大きな病院の門の前に、白っぽい服を着た人達(患者)がいたので、「この辺で、いいモテルはないか?」と聞くと、(不機嫌そうに)そこから見える豪華そうなホテルを指さした。
とりあえず、「ありがとう」と言って、その場を去る。
でも、結局泊まったのは、ハイウェイ近くのオンボロモテル。
「このぼろいモテルで、そんなに取るのか!」と思う値段だったが、疲れていたので、近かったそこに決めた。
近所に、韓国系のアメリカ人がやっているコンビニエンスストアがあった。
普段、この周辺で東洋人を見る事は少ないのだと思う。店主はとても親切にしてくれた。

△オーガスタのダウンタウン・メインストリート
何軒か古物屋さんがあり、50'sの灰皿などを購入。
きれいな土産物屋さんがあったので入り、「J.Bの物は何か置いてない?」と聞いた。
しかし、「オーガスタには、彼の物は殆ど売っていないと思うわ。彼は今、サウス・カロライナに住んでいるからね」との返答に、なんだかがっかりした記憶がある。
その店のオリジナルらしい、(なぜか)ELVISのトレーナーを購入した。

△さらにダウンタウン・・・・・何もないです。

△一応、観光地って事なのかな?川下りの船。

△ジェファーソン・デイビスって人の石碑がついている橋があった。この人は(後に下院議員か何かになった?)軍人らしい。
このオーガスタという町は、第二次世界大戦中には、軍の基地等があったらしく、その当時は結構賑わっていたようですが、私が訪れた時には、すっかりひなびた雰囲気だった。
JBの伝記によると「子供時代、軍人相手にタップダンスを披露して小遣い稼ぎをしていた。」と書いてあった。だいぶ街も変わっているのでしょうが、あのJBのダンスの基礎は、こんなところから始まったのだな、と感じた。

△川沿いでは南部の旗がなびいていました。

△(ジョージアではないけれど)私が好きなトラベル・ロッジ・モテルの看板。
最近は、他のモテルに泊まってしまうので、あまり泊まらないのですが・・・・・この可愛いロゴも、今は変わってしまって残念。
以下はついでに・・・JBコレクション

△前 後ろ▽

アメリカで購入したT-Shirt 。すっかりおじさんのJB。

△前 後ろ▽

1993年の日本ツアーのT-Shirt
これはなかなかクール。The Hardest Working Man in Show Business,Mister Dynamaite, Soul Brother #1, などJBのあだ名が書かれている。横浜アリーナで購入した。

△前 後ろ▽

これはその後の日本ツアーの時に購入した物。
いつだったか忘れました・・・・・日本武道館だったかな?
以下は、手近にあったJBのLPレコード。


やはりJBのこの辺の曲が結構好みです。なんせパワーが違ったのでは?と感じます。(S)
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